監督:オリヴィエ・アサヤス
キャスト:ジュリエット・ビノシュ/シャルル・ベルリング/ジェレミー・レニエ
あらすじ:画家だった大叔父の邸宅に暮らすエレーヌが急逝。3人の子供たちに広大な家屋、貴重な美術品が遺され、ジレンマに悩まされる……。オルセー美術館全面協力で製作された家族の絆の物語。
評価 ★★★★☆
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亡くなった片親を忘れることのできないこのふたりだが、決定的に違うことがある。それは「愛情」の方向性だ。
オダギリは母に対する愛情は心の奥底、深層心理として存在しているだけで、表面的には「父」を愛している。自分のせいで父は再婚ができず、食事の用意、洗い物、掃除等の家の仕事を全て父がひとりですることとなっている。
この自分が犠牲になって父の幸せを奪っている、という罪の意識がどこかにあるために結婚すれば父が再婚する障害は無くなると考えていたに違いない。
大竹と小林薫のキスシーンを見て衝撃を受けたのは、父が大竹と結婚できない、という意味の衝撃であり、自分だけが結婚してしあわせになるのに、父はふしあわせのまま、ということが許し難かったために、逃げ出してしまったのだろう。
このオダギリの行動は全て父親への愛情が現れているのだが、母の浴衣を着た麻生に、母の姿をダブらせて欲情したり、ラストシーンで父を放っておいて母の幻影を追いかけたりと、深層では父よりも母を愛しているように思える。
瞳はひとえに「父」のみを愛していた。それが恋愛としての「愛」か博愛としての「愛」かははっきりと描かれていないが、原田は結婚式の日に抱きつかれたときに恋愛の「愛」を感じ取ったのだろう。
そして、「父」を求めるために結婚をする瞳、「父」のしあわせを願うために結婚をするオダギリ。このふたりの関係に違和感を感じ、破綻すると原田は考え、オダギリのしあわせのために逃げ出すことを考えたのだろう。
ケンカするほど仲が良い、ふたりの関係を端的に表したシーン
死んでしまった母の幻影を追いかけるオダギリ。そのオダギリを追いかける父。決してふたりはしあわせになることはない。いったい「たみおのしあわせ」はいつくるのだろうか……。いつくるかわからないまま、そして夏がきた……。